魂の一行詩
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魂の一行詩    > 一覧に戻る
2007年10月号「月刊ランティエ。」掲載分  ※下に批評を掲載しています。
裏窓を開けてひとりの麦の秋 堀本裕樹
悲しみのどん底にゐて大昼寝 北村峰子
かごめかごめ八月は目を閉じてゐるか 滝口美智子
うすものの夜や楼(ろう)蘭(らん)をまだ知らず 滝平いわみ
うすものを着て帆のごとく歩みをり 佐野幸世
崩壊の後の一人の端居かな 川越さくらこ
千年の愉楽に咲いて酔芙蓉 梅津早苗
どくだみ匂ふベトナムの地図広げゐて 朝賀みどり
鉄扉開くそこは晩夏の海だった 岡田 滋
梯梧(でいご)咲く地雷をあまた眠らせて 飯干久子
裏窓を開けてひとりの麦の秋   堀本裕樹

「修司忌の空」と題する同時作に、

修司忌のかもめにパンを投げにけり
助走して修司忌の空飛び越えむ

があり、両句とも特選に採った。「かもめにパンを投げ」るという行為は、俳句時代の寺山修司の屈折が影を落とし、「助走して修司忌の空」を飛び越えるという思いは、寺山修司の世界を超えてみせるという挑戦的な意志が読者にも伝わってくる佳吟。

一方「麦の秋」の一句は、作者の寂寥感が映画的な手法を用いて成功した。かつて私は、イタリアの小都市を旅している時に、小さなホテルの裏窓を開けると、そこに黄金色に波打つ麦畑を見て感動したことがある、と同時に、日本を遠く離れた位置に旅人として立っていることに、何とも表現できない寂寥感が押し寄せて来た。地図のない旅を続けていた私の感慨が、裕樹の作品に激しく共振れを起した。

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悲しみのどん底にゐて大昼寝   北村峰子

「駆け抜けて」と題する同時作に、

駆け抜けてきたから蛍発行す
白桃や望み叶ひしかたちして

がある。『河』八月号で次の句を採りあげた岡部幸子からのメッセージを紹介する。

夜すすぎの娼婦の黒き下着かな   岡部幸子
春樹主宰と峰子さんの往復書簡、心がふるえます。なみだがでます。
峰子さんの細胞が、あらたなる生命力を取り戻されてゆくこと心の底からお祈りいたしております。これを書きながらも涙を拭いています。
幸子

人間にとって悲しみさえも生きる糧になるが、悲しみのどん底にいてさえ一行詩の中の人物は大昼寝をしている、というユーモアとペーソスの一句。大昼寝の人物は峰子本人とも思えるし、全くの虚構ともとれる。人間はどんなに悲しい時でも三度ご飯を食べるし、昼寝もするだろう。人間の精神も肉体も、本人が思う以上にタフなのだ。峰子の精神が健康でありさえすれば、私と笑って逢える日が来るだろう

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かごめかごめ八月は目を閉じてゐるか   滝口美智子

滝口美智子のこの句は、小説にも映画にもなったヒトラーの有名な言葉を思い出した。

「パリは燃えているか」

かごめかごめは、鬼である目を閉じた子供の回りを「かごめかごめ、後ろの正面だーれ」と囃す子供の遊び。実はこの遊びは陰陽道に由来する占いである。安部清明が考案した呪術なのだ。美智子の擬人化された「八月」は、原爆が投下された後に敗戦した日本そのものである。目を閉じてしゃがみ込んでいるのは、日本である。日本は敗戦によって目覚めた訳ではなく、戦後六十二年、目を閉じたままである。後ろの正面にいるのは、誰でもなく日本である。そのことを自覚しない限り、呪術は解けない。呪術を施(ほどこ)したのはアメリカの洗脳学者だった。日本が自立できないのは、この洗脳という呪術を懸けられているからだ。だから、美智子のこの句は陰陽道を裏に秘めた、寓話的な風刺の一行詩なのだ。

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うすものの夜や楼(ろう)蘭(らん)をまだ知らず   滝平いわみ

今月の『銀河集』で一番の秀吟。なんともスケールの大きい一行詩の世界だ。楼蘭とは西域の地名で、前二世紀から五世紀頃まで栄えた?(ぜん)善(ぜん)国の首都で、新疆ウイグル自治区ロブーノール北西にあった。インド系のカロシュティ文字を使った文書を出土する西域の大国でもある。私の少年期、青年期にはこの楼蘭王国の探検行に胸を躍らせたものだ。滝平いわみのこの一句、今どきの男性作家ではとても創造することのできない世界である。うすものを着た夜に、楼蘭を思い浮かべるという句柄の大きさに私は脱帽した。

穴惑ひ帝国ひとつ砂に消ゆ   春樹

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うすものを着て帆のごとく歩みをり   佐野幸世

大景詠の滝平いわみの「うすもの」に対して、佐野幸世の「うすもの」は、身辺詠の秀吟。中七下五の「帆のごとく歩みをり」の措辞は、前例のない見事な譬(ひ)喩(ゆ)だ。『河』七月号で淵脇護が堀本裕樹論「その雄心とロマン」の中で、次の重大な発言をしている。

象徴性を持つ作品群も多出している。筆者(淵脇護)は、魂の一行詩はやがて象徴的詩歌の世界へたどり着くのではないかと予測する。堀本氏の多才多能をもって、慎重にこの分野の開拓と発展に努めてほしい。

淵脇護の、この透徹した慧眼に舌を捲いた。正に、その通りである。ランボーを先駆とし、マラルメを中心として十九世紀末にフランスで興った象徴詩の世界である。絵画で言えば、具象から抽象へと進化してゆく。写実とは具象であり、デッサンである。それだけでは、詩歌は写真にも、絵画にも、映画にも、音楽にも、小説にも劣ることになる。魂の一行詩が他の芸術を越える方法論としては、言葉を徹底的に追求した象徴詩の世界に行き着くしかないのだ。高浜虚子の説く客観写生は偽善である。高浜虚子の次の代表句が示しているではないか。

去年(こぞ)今年(ことし)貫く棒の如きもの   虚子

貫く棒は、過去・現在・未来の時間軸を一本の棒に見たてた象徴である。そこに作者の自己投影が強く打ち出されている。この句のどこに写実があるのか。具象があるのか。この句の偉大さは、具象を抽象に昇華させたことであり、象徴詩としての見事さにあるのだ。佐野幸世の「うすもの」の句も、然りである。うすものを着て帆のごとくはためかせて歩くという、まるでおのが肉体を一艘の船に見たてた象徴性が優れているのだ。

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崩壊の後の一人の端居かな   川越さくらこ

同時作に、

夜光虫乳房点滅してゐたる

があり、初めこの句を取りあげる積りだったが、「端居」の句を鑑賞することにする。

「端居」とは、文字通り、家の端、つまり縁側や廊下に居ることである。夏の季語。例句としては、

端居して濁世(にょくせ)なかなかおもしろや   阿波野青畝
端居して明日逢ふ人思ひをり   星野立子
小鼓の稽古すませし端立かな   松本たかし
端居してかなしきことを妻は言ふ   村山古郷
端居せるこころの淵を魚よぎる   斉藤 玄
夕端居ほどよき距離と思ひけり   小川江美
端居してこの世のほかの世を想ふ   角川春樹

端居という季語が内在する家族がくつろぐ景の中での、例句の作者の感慨が様々に型を変えて詠われている。しかし、川越さくらこのぐさっと刃物が刺し込むような痛みを伴う句は類例がない。上五の「崩壊」が何を指してのことか具体的に示されていない。この句には具象がない。あるのは作者と縁側だけである。しかし、具象を進化させた型に抽象がある。つまり、具象よりも抽象のほうがレヴェルが高くなる。具象はあくまでもデッサンであり、写生に止まる。私が軽蔑する「盆栽俳句」は、作者の半径五〇センチの写生である。吉田鴻司や増成栗人氏の好きな「写実」「具象」は、その程度の「写生」を指している。ゴルフのレッスンプロとそのアシスタントの関係が俳誌『鴻』を創刊した。川越さくらこの「端居」は実景ではない。「虚」である。しかし、このドラマ・トゥルギーは「端居」が「家族団欒」の象徴として使用されていることに、読者はまず気づいてほしい。その家族団欒の崩壊の後に、作者は一人端居しているのだ。「魂の一行詩」がやがて象徴的詩歌の世界へたどりつくと予測した淵脇護の愛弟子が川越さくらこである。川越さくらこは師の予測に沿って、この句を私に投げて来た。象徴詩としての「魂の一行詩」を先取りした佳吟。

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千年の愉楽に咲いて酔芙蓉   梅津早苗

梅津早苗の「酔芙蓉」の句は、勿論、中上健次の代表作『千年の愉楽』を下敷きにしている。『河』八月号の山田友美の次の句と同様である。

花みづき蹴りたい背中ありにけり   友美

綿矢りさの芥川賞受賞作『蹴りたい背中』と季語の「花みづき」は、直接的な繋がりはない。一方、梅津早苗の「千年の愉楽」と季語の「酔芙蓉」は直接結びついている。中上健次の小説のキーワードが「路地」と「芙蓉」であることは、中上と私との対談集で、私が中上に指摘したことだ。次の私の作品がそうだ。

健次なき路地に芙蓉の咲きにけり   春樹
夏芙蓉健次路地より失踪す   同

中上文学には、どこかエロスとバイオレンスが匂いを放っている。中でも『千年の愉楽』は中上健次の小説家としての、最高傑作と言ってさしつかえない。『千年の愉楽』以後、中上健次は小説家として死んだのだ。後は都はるみの物語などの駄作があるだけだ。『河』九月号に岡部幸子が次の投句をしている。

健次の忌都はるみが唄ふだろう   幸子

梅津早苗の句が面白いのは、「千年の愉楽」の後の「咲いて」にある。つまり、千年の愉楽という頽廃(たいはい)の用土の上に酔芙蓉が咲いた、と言っていることだ。文化は頽廃の用土の上にしか咲かないのだ。いつの時代も、不良が文化を創ってきた。中上健次は紛れもない不良だった。文化の不在性は戦後のソ連や中国が実証している。酔芙蓉は夕方に咲いて朝にはしぼむ美しい幻の花だ。風の盆の頃に八尾町で一斉に開花する。言わば補陀落浄土の花なのだ。

補陀落というまぼろしに酔芙蓉   春樹

千年の愉楽という、例えばルキーノ・ヴィスコンティの頽廃の世界に幻の酔芙蓉が咲いた、というのが梅津早苗の象徴詩の真相なのである。

華麗なる頽廃に咲く酔芙蓉   春樹

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どくだみ匂ふベトナムの地図広げゐて   朝賀みどり

同時作に、

似顔絵の愚かに若し巴里祭

がある。しかし、圧倒的に「どくだみ」の句が良い。『河』八月号の次の句に続いての佳吟である。

置いていった闘魚と今も暮している   みどり

今月号でも触れたが、最近の『河』に多い口語体散文詩。この句が詩として成立するのは、上五の「どくだみ匂ふ」の季語だ。七月の東京中央支部の句会で選者の佐川広治と私だけが特選に採った。この句も「闘魚」の句と同様に朝賀みどりの代表作と言ってよい。佐川広治は、講評の折に、作家の開高健の『夏の闇』「輝ける闇」を思い浮かべたと言ったが、私も同感であった。開高健とはある時期、それこそ『夏の闇』「輝ける闇」の執筆中、毎週一、二度は食事をし、バーに飲みに行っていた。静岡刑務所に入所中、夏になると開高健を思い出し、開高健の句を作った。獄中句集『海鼠の日』には収録しなかった。詩には成っていないとの判断だったからだが、思い出があるので今回『河』誌上に発表することにする。

夏の光開高健を思ひけり
ベトナムを語る開高健の夏
革命も反革命も晩夏かな
モツを焼く開高健と夏惜しむ

朝賀みどりはベトナム戦争の時代にある種の郷愁を抱いている世代だ。つまり団塊の世代ということ。あの時代の文化や政治の季節を充分に息を吸っていた世代である。「十薬」ではなく、「どくだみ」の季語を選ぶ作者の、ベトナム戦争感がずしりと伝って来る。中七下五の「ベトナムの地図広げゐて」は、昨今の観光スポットとしてのベトナムではなく、明らかにベトナム戦争の思いを広げている、ということだ。朝賀みどりは実際にベトナムの地図を広げているわけではないことを、読者は感じるであろう。

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鉄扉開くそこは晩夏の海だった   岡田 滋

同時作に、

信長の臓腑にありし炎天下
廃線の線路を歩く終戦日

がある。「晩夏の海」の句の印象は鮮烈だ。菊池秀行の小説に、歌舞伎町の飲食店の裏扉を開けると、いきなり太平洋の海になっている場面があり、小説家のイマジネーションに驚いたことがあったが、いつの日にかこのシーンを一行詩に仕立てようと思っていたところ、私は岡田滋に先を越されてしまった。重い金属の扉を開くと、そこに晩夏の青い海があったという一行詩は、そのイメージの力で秀吟に完成させてしまった。私は山口奉子論「芒屋敷の番人」の中で、次のように書いた。

武道においても、宗教でも、一行詩の世界でも、中心をなすのは次の二つである。
一、イメージの力
二、感性の力

これしかないのだ。一行詩ばかりでなく武道においても、この二つしか武器は存在しないのだ。(中略)実はもう一つ大事な要素がある。それは武道にも宗教にも共通したことだが、自然体であることだ。私は「生涯不良」を座右の銘にしているが、それは何ものにも束縛されず精神も心も自由であることだ。自由な魂で自由な言葉で、自分の「いのち」と「たましひ」を乗せて詠うことだ。おのれの「いのち」を運ぶ器として「魂の一行詩」は存在する。それが自然体ということだ。

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梯梧(でいご)咲く地雷をあまた眠らせて   飯干久子

同時作に、

アンコールワット炎帝が鷲づかみ
ポル・ポトの罪どこまでも大地灼け
笑わない子ども裸足で物売って

があり、内戦終了のカンボジアを詠んだ作品であることが解る。特に「笑わない子ども」の句は読み手である私の胸にも響く作品だ。飯干久子の作品を眺めていると、次第にある一本の映画がどんどん頭の中を占めてくる。

その映画は「キリン・フィールド(殺戮の原野)」である。政策はデビット・パトナム、監督はローランド・ジョフィ。二十二年前に私が書いた『試写室の椅子』から引用すると、

カンボジアの内戦を描いた「キリン・フィールド」はコッポラの「地獄の黙示録」がベトナム戦争をファンタジーとして描いたことに対する不満を乗り越えさせ、さらにテーマを戦争状況に於ける個人的な物語―この映画の場合は友情―として浮きぼりにさせ、観客に感動と満足を与えてくれた、実に稀な戦争映画であった。観客の半分は常に女性客であり、女性は常に戦争映画を好まない。特に、残虐で救いのない映画は尚さらである。だが、「キリン・フィールド」は、極限状況に於ける人間生存への意志と情熱を、極めてエンターテインメントとして描いたことで興行的にも成功することができたのである。ラスト・シーンは、「ニューヨーク・タイムズ」の敏腕記者、シドニー・シャンバーグ(カンボジア内戦のドキュメントによってピューリッツァー賞を受賞)と彼の助手であったカンボジア人、ディス・プランがタイ領内の難民キャンプで再会するが、その時、シャンバーグが乗っていた車のラジオから、ジョン・レノンの「イマジン」が流れ、画面全体に拡がっていく。

引用が長くなったが、カンボジア内戦の終わった今も、その後遺症は色濃く残っている。それが笑わない子供であり、地雷をあまた眠らせた大地に咲く梯梧の花なのである。

「梯梧の花」は、インド原産で、五月ごろ真っ赤な蝶形花を多数つける。沖縄県の県花で、海(かい)紅(こう)豆(ず)とも言う。例句としては、

海紅豆潮の香に髪重くなり   古賀まりこ
海紅豆咲き焼酎の甕ひとつ   草間時彦

があり、飯干久子の連作と比較すると間伸びするほど平和的な景と作品である。飯干久子がなぜ内戦後のカンボジアを訪れたのか不明だが、ただ一つはっきりしているのは現実の重さと例句を凌ぐインパクトの強い一行詩を発表したという事実である。親兄弟を目の前で殺されたカンボジアの子どもたちが笑いを取り戻すのに、あと何年かかるのであろうか。

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メール一行詩
メールや葉書でも多数寄せられています。それらすべてに角川春樹が目を通し、選び、批評した作品群をここに掲載します。
特 選  ※下に批評掲載あり。
落日や海女の乳房の小麦色 島 政太
前略につづく暑さでありにけり 曽根新五朗
ひぐらしの松本楼カレーの香 秦 孝治
始発にて向かいし先は蟻地獄 赤澤雄一
クロールで掻き崩しゆく積乱雲 木村繁夫
空港に人を見送る敗戦記 上田郁代
落日や海女の乳房の小麦色   島 政太

同時作に、

武士道のあとがきを読む残暑かな
エノラ・ゲイリトルボーイを投下します
喪失よ熱砂を歩くものがあり
珈琲の色濃き味や晩夏光

があり、どの句も佳吟。中でも落日の海女の句の健康的なエロスに惹(ひ)かれた。勿論「戦後の復元力」の効いた作品だが、中七下五にかけての「乳房の小麦色」の鮮やかな色彩感が、上五の「落日」に溶け込んでいる。

> 「特選」一覧
前略につづく暑さでありにけり   曽根新五朗

この句、材料を並べず焦点を絞り、簡潔ながら誰にでも共感できる作品。一句全体が視野に入る立ち姿も良い。

> 「特選」一覧
ひぐらしの松本楼カレーの香   秦 孝治

同時作に、

新宿のをんな夏日の咽喉仏

があり、この句も捨て難い。日比谷公園の老舗レストランと蜩の声とカレーの香が緊密に結びついている。季語が「万緑」でないのが良い。映像と音と匂いまでの全体が復元された作品。

> 「特選」一覧
始発にて向かいし先は蟻地獄   赤澤雄一

ユーモアと風刺の効いた作者だが、今月号の蟻地獄が特に良い。上五の「始発にて」の措辞が抜群である。

> 「特選」一覧
クロールで掻き崩しゆく積乱雲   木村繁夫

水に映る雲を描くのは平凡だが、上五の「クロール」と「積乱雲」との結びつきが良い。

> 「特選」一覧
空港に人を見送る敗戦記   上田郁代

原爆忌」「敗戦忌」は食傷ぎみの季語だが、上五中七の日常性にインパクトの強い「敗戦記」を持ってくることで、一編の詩に成った。

> 「特選」一覧
秀 逸
向日葵へ私の空を投函す 大友麻楠
炎天下老人の押す車椅子 田中雅博
肩書きのない死がここに大西日 和田彰夫
河童忌や戦も不安の中に棲む 伊藤綾夏
魂を研いでは進む岩魚かな 鶴岡一生
竿だけ屋炎天に竿たてかけし 橋本省子
ムダな命処分できずに持て余す 大山えりか
洗ひ髪束ねて髪と契るなり 多田孝枝
水鉄砲射程距離には誰もなし 山崎寿也
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