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| 2007年9月号「月刊ランティエ。」掲載分 ※下に批評を掲載しています。 |
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| コースターに走り書きして春逝かす 堀本裕樹
同時作に、
春愁をたつたひとつのピンで止む
もうなにもないロッカーの暮春かな
があり、どの句も「春」の思いが強い佳吟。今月号から当月集を「銀河集」と名を改め、一年間の内六回巻頭を取った場合、無審査同人として七句欄に昇格することにした。堀本祐樹の場合、すでに連続して巻頭を取っているが、今月号の二位の鎌倉俊とは一点差で、一行詩人としてのプロの自覚を持っていて、将来の詩壇に大きな業績を残すかも知れない。「春逝かす」の句は、俳句で言う身辺詠。俳句は自然風詠、川柳は人間風詠と大きく二つに分けたのは川柳作家の故・時実新子だ。私は「魂の一行詩」として、この二つを大きく包み込む必要を感じている。堀本祐樹は鎌田俊と並んで「乾いた抒情」を詠むことの出来る数少い作家と思っている。「春逝かす」の句は、上五中七の「コースターに走り書きして」が、短歌で言う序句の役割を果たし、結句の「春逝かす」という季語で勝負が決った。『河』では、新しい風潮として口語俳句や散文詩が量産されているが、一番大事なポイントは季語である。堀本祐樹の「春逝かす」の成功は、単純にして平凡な上五中七に対しての、季語の「恩寵」以外の何物でもない。 |
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| 夏至の日や乗り継ぐだけの駅にをり 鎌田俊
同時作に、
億万の乳房ゆれゐる炎天下
いのちある者はかよはず蟻の道
があり、両句とも佳吟。「炎天下」の句は、俳人なら誰でも思い浮かべる西東三鬼の次の代表句がある。
おそるべき君等の乳房夏来る
「夏至の日」の句は、六月二十日、二十一日と「はいとり紙句会」で吉野に行った時の嘱目吟。例句としては
夏至今日と思ひつつ書を閉ぢにけり 高浜虚子
禁煙す夏至の夕べのなど永き 臼田亜浪
夏至といふ日の足どりのさびしき日 宮津昭彦
などがあるが、例句も鎌田俊の句も「夏至の日」という身近な出来事が身辺詠として成功した。また、鎌田俊の句は歳時記の例句に比較して、現代の都会に生きる人間のペーソスを詠った「人間風詠」として、より魅力のある作品と言えよう。 |
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| キャベツ切つて切つて時効となるはなし 北村峰子
癌を宣告された日より、作者の日常は一変した。今、生きていること自体が奇跡と言ってよく、それは北村峰子自身が認識していることだ。峰子の奇跡は、「魂の一行詩」が持つ大きな力である。峰子は一行詩によって生かされ、私との往復書簡である『河』作品抄批評が漂流する「いのち」の灯台となっている。今や癌と共生する峰子にとって癌を完治する日が時効であるならば、その日が来ることはない。
上五中七にかけての「キャベツ切つて切つて」が切ない。細くキャベツを切るという日常が生きている証であると同時に、切っても切っても時効は来ないという現実が、まるで賽の河原の小石を積むような儚さだ。しかし、一方でキャベツという存在が峰子の場合、「いのち」の糧となっているように思われる。『河』六月号の北村峰子の次の一句がそれを証明している。
生きむとすキャベツの芯のやはらかさ |
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| 浮いてこい哀しみもまた生きる糧 高田自然
同時作に、
虎が雨天夫婦茶碗は定位置に
身のほどに気づく卯の花腐しかな
今虹の橋を渡るは吾が魂ぞ
があり、どの句も心に染みる。「浮いてこい」とは、人形・金魚・船・水鳥などをビニールやゴム、セルロイドなどで形づくり、水に浮かせて遊ぶ子供の玩具。例句として、
浮人形なに物の怪の憑くらんか 角川源義
江戸っ子の九代目継がず浮人形 福島 勲
永き昼過ぎむとしつつ浮人形 角川春樹
角川源義の「浮人形」は、肝臓癌で亡くなった昭和五十年の作。恩師・釈迢空の次の歌をモチーフにしている。
奇妙なる人形ひとつ 時々に躍り出る如し。 わが心より
父・源義を失った母・照子は、その哀しみを生きる糧として「俳句」という一行詩に全情熱を傾けた。高田自然氏の「浮いてこい」の句は、源義の晩年と照子の生き様を思い出させた。明らかに哀しみも生きる糧となり得るのだ。子供の玩具である「浮いて来い」は、一行詩の象徴としての季語と私は受け取った。北村峰子とは別の意味での、身辺詠の切実な一行詩。秀吟である。 |
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| 父の日の寄せてはかへす波がしら 原 与志樹
同時作に、
雲となる百戸の谿の揚げひばり
言ひ訳をこらへて亀に鳴かれけり
生きすぎて父の日を持てあましをり
があり、「父の日」の句が良い。昨年から、私は父の日に娘の慶子からプレゼントを贈られるようになった。それまで単なる季語でしかなかった「父の日」は、父としての自分自身を考えるようになった。私の昨年の作は、
父の日の日暮は父と呼ばれたし
父の日の父に空席ひとつある
であり、今年の作は、
葛飾にゐて父の日の暮れゆけり
である。「母の日」ほど一般的ではない「父の日」は、多くの人にとって他人事である。原与志樹氏の作品は、数多くある「父の日」の中でも、とりわけ私を感動させた。それは中七下五の「寄せてはかへす波がしら」という単純で平凡な措辞が、「父の日」という上五の季語によって、大きな意味を持つ一行詩の秀吟となったからである。人間もまた自然の一部に過ぎないが、同時に自然を在らしめる存在も人間である。「寄せてはかへす波がしら」は、自然そのものであると同時に、人間の日常的な営みの象徴でもある。釈迢空の言う無内容の一行詩。 |
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| 太宰忌やみな狂ひたる置時計 杉林秀穂
同時作に、
尾を切るを巧みな赤い蜥蜴かな
があり、この句も良い。しかし、太宰忌の句は遥かに良い。中七下五の「みな狂ひたる置時計」の措辞がユニークだからだ。太宰忌や桜桃忌の句で、このような異世界を詠んだ句は存在しないからである。私の獄中句集『海鼠の日』の中に、次の句がある。
春寒や獄の時計の狂ひたる
刑務所という次元は、この世にある異世界である。同様に、太宰忌の命日である六月十三日にみな狂った置時計の世界とは、例えば不思議の国のアリスの次元である。この次元は、人間の夢の中にしか存在しない狂気の世界だが、現代の恐怖とは狂気と現実との堺が明確でなくなり、現代の都会に住む四人に一人は精神を病んでいる、という現実にある。狂気が現実に越境する恐怖を描いた、神経がひりひりするような一行詩。季語が的確。 |
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| 来るなずのないバスを待つ寺山忌 青柳冨美子
同時作に、
はつなつの抱いてさみしき腕かな
青時雨夕べ残りしカレーの香
があり、両句とも良い。バスとは、不思議な乗り物だ。『河』の作品には、青柳冨美子の別の作品を含めて佳句が多い。例にあげると、
赤い魚食べて真冬のバスに乗る 倉林治子
人の日や誰も乗らない赤いバス 青柳冨美子
降る雪や今年最後のバスが出る 管城昌三
乗るはずのバスが出て行く枇杷の花 三田村伸子
私の一行詩集『角川家の戦後』の中にも、次の句がある。
ゆく年のバスはもう行つてしまつた
しかし、青柳冨美子の「寺山忌」は私の次の句を思い出させた。
箱舟に乗れず寺山修司死す
青柳冨美子のバスは、寺山が監督した映画「方舟」のような存在ではないのか。ノアの方舟に乗れなかった人々のように、来るはずのない方舟を待っている、ということだ。太宰治とは違った意味で寺山修司はおのが狂気を鎮めていた。来るはずのないバスを待っているのは、作者であると同時に寺山修司その人である。まだ寺山の例句が少い季語にあって、充分俳句歳時記に収録されるだけの力を持った一行詩。 |
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| 父の日や眞つ赤なガラス玉を吹く 浅井君枝
六月の東京中央支部の句会で特選に採った。句意は明瞭だ。父の日に薄いガラス工房で職人が真っ赤なガラス玉を吹いている景だ。母の日が「晴」であるのに対して、父の日は「褻」である。戦艦大和が沈没する時、映画「男たちの大和」の主人公・内田貢氏が目撃した光景は、まだ十代の年少兵はことごとく「お母さん」と叫んだが、誰一人「お父さん」とは叫ばなかったことだ。少年にとっては母のほうが父よりも身近な存在だが、娘にとっての父は鬱陶しいか憧憬を抱くか、そのいずれかであろう。浅井君枝の句は、一句全体が私の視野に飛び込んできた。色彩感もさることながら、中七下五の措辞に強い印象を受けた。それは理屈を越えて、腑分け出来ない類いの感情であった。黙々と職人が真っ赤なガラス玉を吹く景は、後期印象派の油絵を連想させる。その油絵を前にして、絵そのものから強い風が吹きつけてくる。赤という色は、幼児が最初に認識記憶する色だ。また、真っ赤なガラス玉は魂の象徴でもある。その絵画のような景に対して、「父の日」の季語は、不思議なほど動かない。勿論「母の日」では成立しない。浅井君枝のこの一句を前にして、何故私が心を揺さぶられたのか、また今もこの句から目が離せないのか、正確には説明出来ない。それは感覚で受けとめるしか方法がないのだ。説明しきれない魅力を放つ一行詩も、当然、詩であるが故に存在する。 |
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| 置いていった闘魚と今も暮している 朝賀みどり
今月の『河』の作品の中で一番の秀吟。五月二十七日に行われた第五回「はちまん句会」の特選句。口語で新仮名で散文の一行詩。作者が男であろうが、女であろうがどちらでも成立するドラマ性を持った一行詩。内容は当然別れた男女の後の物語。口語の、散文の一行詩の場合、季語が見事に決ることが条件であり、朝賀みどりの句は成功した好例。「闘魚」の季語がいい。「闘魚」とは熱帯魚の天使魚(エンゼルフィッシュ)のこと。天使魚は名前に似合わず、残酷で共食いをする。同棲していた二人が別れた後、彼ないし彼女が飼っていた天使魚(皮肉が効いている)と今も暮している、の句意。季語の成功によって記憶される朝賀みどり代表句。本日(七月一日)の中央支部の句会で、朝賀みどりは次の作品で、選者の佐川広治と私を驚かせた。この句も秀吟だが、次の『河』作品抄批評で述べることにする。
どくだみ匂ふベトナムの地図拡げゐて |
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| ひやさうめん紙の重さの齢(よわい)かな 中元英雄
同時作に、
夏草や特攻基地の貯水塔
学徒兵螢になりて還りけり
がある。作者の住む鹿児島には、知覽・加世田の特攻基地がある。私は二年前、両特攻基地を訪ね、その晩、特攻で戦死した兵の霊によって眠ることが出来ず、一行詩が次々と彼らから降りて来て、三日間、その声を書き続けた。それが句集『JAPAN』である。
赤とんぼ特攻基地に誰もゐず
晩夏光短き遺書のあるばかり
螢にも神にもなれず蝉時雨
峯雲や死にゆく兵が敬礼す
夏青空子犬を抱いて笑ひ合う
沙羅(さら)の花月光を弾く学徒兵 春樹
この原稿を書いている今も、その時の景が浮かび上がる。「ひやさうめん」の句は、作者の「今の今」の感慨である。作者は七十一歳。戦争が終わり、定年を迎え、夏青空の下で、今、冷そうめんを食べている。かつて、句集『いのちの緒』を執筆している時に、次の句のような感慨を持った。その時は、肺結核に罹患(りかん)し、いつ刑務所に投獄されてもおかしくない状態だった。にもかかわらず、精神は平静だった。
空澄みて紙いちまいのおもさあり 春樹
中元英雄の「ひやさうめん」の句は、中七下五の「紙の重さの齢かな」の見事な措辞によって、他の例句を圧倒している。正に「永遠の今」を詠う「いのち」の一行詩。
冷さうめん紙いちまいのいのちあり 春樹 |
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| 夜すすぎの娼婦の黒き下着かな 岡部幸子
同時作に、
桜桃忌情死と墨で書いてみる
押し通す意地へ西日の濃かりけり
がある。二年前の『河』作品抄非評で二度、岡部幸子の句を採り上げた。
はつなつの大きな甕を買ひにけり
蛇よぎる柱時計が二時を打つ
「夜すすぎ」とは、昼の間、夏の暑さで汗まみれになった衣類を、夜風が立ちはじめ涼しくなったころから、その夜のうちに洗濯することを指す。例句としては、
夜濯(よすす)ぎのしぼりし水の美しく 中村汀女
夜濯にありあふものをまとひけり 森川暁水
夜濯ぎのひとりの音をたつるなり 清崎敏郎
などがある。たまたま、第七回の「はちまん句会」の兼題で、例句を見てもたいした句もなく、かなり呻吟しながらの投句であったので、岡部幸子の「夜すすぎ」の句に感心してしまった。私の句は次の通りである。
夜濯ぎのホステスに憑く水子かな
銀行員夜濯ぎの手を鞣しけり
夜濯ぎの女身に狐憑きにけり
夜濯ぎの淋しい乳房でありにける
岡部幸子の「夜すすぎ」の季語に対して、中七下五の「娼婦の黒き下着かな」の措辞が鮮やか。娼婦の下着が黒というのも色彩感ばかりでなく、黒い下着を身につける心の有り体までが推測されて舌を捲いた。 |
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| つばくろや棒高跳びの少女跳ぶ 伊藤実那
岡部幸子の「夜すすぎ」の「暗」に対して、伊藤実那の句は一転して「明」である。「つばくろ」の季語が明るく、燕の飛び交う五月の青空が見え、その青空の下を棒高跳びの少女が跳ぶ姿が見える。「映像の復元力」の効いた作品。この句、健康なエロスの讃歌であり、句全体に躍動感のある爽やかな一行詩。好感が持てる。 |
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| 水色の便せんひらく薄暑かな 山田絹子
山田絹子の「薄暑」句は、六月二日の東京中央支部の例会で、全選者から特選並びに秀逸を採った。一般選では誰も採らなかったが、私はこの句に感心した。
山田絹子の句は、過去に何度か『河』作品抄批評で採り上げた。
鶯や雨やはらかに平林寺 山田絹子
花嫁の白きヴェールや小鳥来る 同
伊東屋に買ふぽち袋一葉忌 同
あたたかし湯屋ののれんのもえぎ色 同
山田絹子の作品として今回の句は、過去のどの句よりも良い。まず「薄暑」の季語の使い方が実に見事。薄暑の色彩感覚を「水色」と捉えたのは手柄である。それも五月の青空ではなく、具体的な手触りである便せんを登場させた。そして動詞の「ひらく」である。これによって作者の心の有り体まで読者に伝って来る。 |