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| 2007年8月号「月刊ランティエ。」掲載分 ※下に批評を掲載しています。 |
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| 春の日の水のやうなる時間かな 堀本裕樹
同時作に、
コインロッカーに春愁を預けたる
虻が来て天皇を刺す祝祭日
があり、特に虻(あぶ)の句が面白い。虻の例句としては、
母の背に居る高さ虻の来る高さ 中村草田男
西行を螫(さ)したるはなの虻なりし 角川春樹
がある。私の句の場合、虻が西行を刺したというドラマだが、裕樹の場合、虻は天皇を刺したというのだから、ドラマとしては裕樹の方が面白い。「春の日」の句は、滝平いわみの次の句と同様に、今月号の当月集作品の中で秀吟である。
初鰹どの海嶺を越えてきし
「春の日」の例句としては、
大いなる春日の翼垂れてあり 鈴木花蓑
春の日やあの世この世と馬車を駆り 中村苑子
がある。鈴木花蓑の「春日」は、作者一代の名吟。堀本作品を鈴木花蓑と比較するわけにはいかないが、『河』の東京中央支部の句会で、私が特選を採った次の句を参照して頂きたい。
春の夜を水に漂ふごとくゐる 露崎士郎
露崎士郎の作品は、駘蕩(たいとう)とした春の夜を水に漂うごとくいる、という形容が見事に決った佳吟。一方、堀本裕樹は春の日を水のような時間と捉(と)らえた譬(ひ)喩(ゆ)が成功した。時間と空間をテーマに一行詩を詠むことは、かなり重要な世界を孕(はら)んでいる。このテーマだけで、一冊の詩集は充分に成り立つのだ。私の最近作を例にあげよう。
花の雨椅子のかたちに時間あり
菖蒲湯やしづかに過ぎる今があり
新蕎麦や父の時間の遠くなる
いま過ぎしもののひかりや猫柳
五月雨(さみだれ)や時間に似たる海がある
「永遠の今」を詠う時間意識を持たない限り、本物の詩人になることは有り得ない。 |
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| メロン喰(た)ぶ死後のことなど知るものか 石田美保子
同時作に、
すかんぽや人は顎(あぎと)より老いて
卯月野に鬼を残して来たりけり
カレーライスゆっくり遅日の海を見て
がある。
『河』作品抄批評として、過去に石田美保子の作品を何度も採りあげた。例をあげると、
うわんうわんと綿虫とんで通行止 『十二月号』
わたくしのうまれるまへの春夕焼 『五月号』
暗渠(あんきょ)より水母(くらげ)出てくる日暮かな 『七月号』
みんみんの鳴くや俺はここにゐる 『十月号』
湯を沸かせ木枯一号来てゐるぞ 『一月号』
来し方に冬の花火の鳴りにけり 『二月号』
こうした作品を眺めてみると、作者の心が自由に解放されていることが解る。その点から言えば、今月号の美保子作品も充分に納得できる。死後の時間や世界をモチーフに俳句や一行詩を詠むことは、私を含めて多くの作家が試みてきた。例えば、
われ亡くて山べのさくらさきにけり 森 澄雄
わが死後へわが飲む梅酒遺(のこ)したし 石田波郷
わが死後の月うつくしき金閣寺 角川春樹
しかし、石田美保子の作品はメロンを食べるという充実した時間を考えれば、死後の時間や景や世界など知ったことかと言い放っている。まさに放下(ほうげ)の一行詩。実にユニーク。
夕牡丹放下の詩をこころざす 角川春樹 |
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| 生きのびて新樹の夜の滑り台 北村峰子
同時作に、
人間が弾かれてゐるしやぼん玉
があり、この方は「しやぼん玉」が弾けるのではなく、人間が弾かれたという発想の面白さがある。『河』六月号の作品抄批評で、私は次の一文を載せた。
私が峰子の作品批評を書くことと、峰子が私に句をぶっつけてくることは、言わば二人の往復書簡なのだ。少なくとも、私はそう思いつつ、この原稿を書いている。
五月十二日の消印で北村峰子の作品を受け取った。正に私が峰子の作品を批評することと、峰子が作品批評を読むことは、誌面を借りた往復書簡であることが確認できた。
共振れといふときめきに風光る 峰子
嬉しい春を迎えることが出来ました。裏のお寺さんの山に見事な桜の木があります。昨年の秋には、この桜を見ることが出来ないのではと思って居りましたが、おかげさまで、また会うことが出来て、喜びも格別でございます。
これもひとえに、主宰のあたたかいエールのおかげと、有り難く、厚く御礼申し上げます。『河』の三月号の「峰子の空」の御句・・・・・・胸が震えて、溢れる涙を止めることができませんでした。
私にとって「浮き輪」は自分の思いをぶっつける一行詩であり、さまよう私の魂に寄り添ってくださる主宰のお優しいおこころです。
主宰の作品批評を拝読するたびに、激しく心が揺れ動きます。言葉は言葉に意味があるのではなく、それを語る人のこころの広さや奥行の深さに読み手の「たましひ」と「いのち」と「感受性」が共振したとき、はじめて輝き始め、意味が生まれるのだと思いました。そして、主宰の御言葉によって、私のひとつひとつの細胞は、あらたな生命力を取り戻してゆくのを感じて居ります。
浮き輪なき峰子の空を泳ぎけり 春樹
峰子ゐる晩夏の夜の滑り台 春樹
『河』五月号の次の作品が今月号の「新樹の夜」の同じ内容になるので引用する。
いち抜けてしろつめ草の丘にをり 北村峰子
「しろつめ草」とは、「苜蓿(うまごやし)」のこと。人の群から、作者はいの一番に、「いち抜けた」と言って抜け出して、「うまごやし」が一面に咲いている丘に、今、来ている。この丘からは、多分、群青の凪いだ海が見えるはずだ。春の穏やかな日が燦々と降り注いでいる。峰子の憧れが生み出した作品。峰子の魂は今、しろつめ草の丘に行っているのだ。
癌と共生している峰子の魂は、新樹の夜の公園の滑り台に行って、子供のように滑り興じている。勿論、現在の肉体ではない。この句も峰子の憧れが生み出した魂の一句だ。
五体みな液体となる新樹かな 春樹 |
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| 初鰹どの海嶺を越えてきし 滝平いわみ
今月号の『河』当月集の中で、堀本裕樹の次の作品と並ぶ秀吟である。
春の日の水のやうなる時間かな
海嶺とは海底山脈のことである。だからこそ、「越えてきし」なのだ。勿論、写生句ではない。百年前、正岡子規が西洋近代美術の画法としての客観写生を俳諧に持ち込んだが、詩とはそんな単純なものではない。子規自身が純粋で単純な生き方をしたが、言わば幼稚な理論に過ぎない。俳句であれ、一行詩であれ身の丈で作るものではない。作品はおのれ自身を越えて結実しなければ、作者の狭い世界で終ってしまう。俳句はおのれ自身を写す鏡でもあるが、それを越えた時、名作が生まれる。滝平いわみの「初鰹」の句は、おのれの身の丈を越えている。作者が初鰹を賞味した時の感慨を、さらにイメージを拡げて作った一行詩の世界。 |
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| メーデーや深夜のコインランドリー 松下由美
同時作に、
獄を出て花の扉を開きけり
がある。この句には詞書(ことばがき)があって、「主宰、獄を出て三年」とある。まるでこの作品、私が作句したような感覚を持った。今年の四月八日、私は花の吉野で次の句を作った。
花の日や詩の革命をこころざす
花の日の花の浄土の暮れゆけり
虚子の日の落花の中を帰りけり
三年前の四月八日、私は静岡刑務所を出所した。その日は、奇しくも釈尊誕生の「花の日」であり、同時に高浜虚子の忌日であった。松下由美の作品は、私が獄を出て花の扉を開いた、と断定しているのだ。その意味するところは、獄中句集『海鼠の日』の末尾の次の句から来ている。
獄を出て花の吉野をこころざす 春樹
つまり由美の一句は、吉野の花に私の望み通り再会を果たし、これからも花を詠い続けることで西行のこころざしを受け継いだ、と言っているのだ。それに対して、「メーデー」の句は、私が『河』六月号で激賞した堀本裕樹と鎌田俊の次の作品と並ぶ、松下由美の代表句となった。
黒いゴミ袋に梅が散ってゐる 堀本裕樹
ハンガーのぶらさがりゐる鳥曇り 鎌田 俊
この二つの作品は、俳句で言う「乾いた抒情」の代表句である。松下由美の句は、堀本裕樹と鎌田俊作品同様に、都会に住居することを余儀無くされている現代人のペーソスを描いた傑作である。松下由美は京都の置屋に生まれ、十三歳で家出して上京し、クラシック・バレーを二十年続け、同時にニューヨークのプロダンサーとなり、日本に帰国後、劇団「四季」のミュージカル・ダンサーとなった。その後、銀座の高級クラブ「ロートレック」のナンバー1ホステスとなったが、そのホステス時代が「メーデー」の句となって結実した。句意は文字通り、労働者の祭典と全く懸(か)け離れた侘しい生活の中で、深夜のコインランドリーで下着類を洗濯している景だ。ナンバー1ホステスという虚飾と裏はらな日常から、一片の詩を椈いあげた。 |
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| 葉桜やホステス急募のドア開ける 川越さくらこ
同時作に、
青嵐シェーカー振り止まぬ25時
があり、「葉桜」と同レヴェルの佳吟。川越さくらこも松下由美同様に本年度の『河』新人賞を受賞したが、職業もまた同じく鹿児島県鹿児島照国町でバーを営むマダムである。作品も実力も松下由美と伯仲している期待の大型新人である。二人とも将来は俳人の鈴木真砂女と並ぶ可能性を秘めている。川越さくらこの『河』作品批評作品をあげてみる。
月光やシグナル青となる深夜 『十二月号』
買はれゆく聖書淋しき文化祭 『一月号』
吾(あ)が四肢のするすると伸ぶ夏座敷 『九月号』
山脈(やまなみ)に影濃くたたみ鷹渡る 『十二月号』
極月(ごくげつ)の扉を開き皇帝来 『二月号』
シネラリアくるぶしに夜が来てゐる 『四月号』
子と頒かつ漂泊のあり夜の桜 『五月号』
陽炎は沖ある父の帆をたたむ 『六月号』
こうした作品群を眺めてみると、作品の多様さと同時に、今年に入ってからの作品が以前に比べると力量が格段に上がっていることが解る。特に六月号の「陽炎」の句に感銘したが、今月号の「青嵐」「葉桜」の二作品はそれを凌駕している。二句とも句意の説明は不要。そして二句とも季語が、中七下五の措辞に対して見事な働きを示している。 |
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| 空気銃構へて憲法記念の日 春木太郎
同時作に、
肝心なときに腰痛青蛙
麦飯(むぎめし)が嫌いとはこのバチ当り
があり、二句とも笑いながらこの稿を書いている。特に「青蛙」の句は、当然のことながらセックスを連想し、生涯不良の私の場合、体験があり過ぎて涙が出てしまった。勿論、肝心な時の腰痛はセックスを指しているとは言い切れないが、ゴルフ等のスポーツや大事なビジネスの要件とは私には考えられず、今も笑いの壷にはまっている。男って大変なんです。
腰痛にして色欲の羽抜鶏 春樹
「憲法記念の日」の句は、説明を要しないが、風刺の句というより春木太郎独特のユーモアの一句。次の私の一句も同様である。
終戦日水鉄砲を空に撃つ |
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| 母の日の赤き砂落つ砂時計 萩原美恵子
砂時計の砂は何故か赤い。勿論、青い砂も黄色い砂も黒い砂もあるが、イメージとしては赤だ。その赤が「母の日」の赤い花を連想させる。しかし、何故「母の日」でなければならないのか。「父の日」「子供の日」「時の日」等の季語ではいけないのか。そう思われる読者も多いはずだ。砂時計そのものが、ほとんど実生活で用をなさない、ほとんど無意味な存在だ。むしろ、単なる装飾品に過ぎない。であるとすれば、「母の日」は無意味で装飾的な日ということになる。赤は血の暗喩とも考えられる。母である作者は、子供たちから祝われる存在。しかし、作者は即物的な赤い砂を落とす砂時計を見続けている。母の日を迎えた萩原美恵子のアンニュイな一面を見せた一行詩。「母の日」の句として新鮮な一句。この句も不思議な魅力に富む。 |
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| 父の血を負と思ひ来し麦の秋 林 風子
五月の『河』東京例会で多くの選者に採られた特選句。句意は説明するまでもない。この句の良さは上五中七の「父の血を負と思ひ来し」の暗に対して、明るい五月の麦畑を持って来たのが手柄だ。父・源義との闘いに自殺まで考え、妹・真理の自裁を目撃した私は、パレスチナ・ゲリラのキャンプを彷徨(さまよ)い、サハラ砂漠を縦断した。三十三歳で社業を受け継ぐまで、私の冒険は自殺に対するアリバイとしての行動だった。自殺には見えない事故死を考えていたのである。「麦の秋」の作者である林風子は、何故(なにゆえ)に父の血を負と思ったのかは、読者は誰にも解らない。しかし、解らないにも関わらず読み手を納得させる「自己投影」の効いた作品。 |
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| 夏きざす机の上のペンケース 竹本 悠
同時作に、
牡丹(ぼうたん)とライカとあをい空がある
熱帯魚生真面目(きまじめ)な目をしてゐたり
がある。「夏きざす」は、五月の東京中央支部での特選句。私以外には、ほとんど誰も採らなかった。この句、単なる報告の「こと俳句」ではない。また平凡な句でもない。充分に作者の「自己投影」がなされた「こころ」の句なのだ。絶えず私が言っていることだが、日常の中に詩を見出さなければ本物の詩人とは言えない。句会の選者は自分の身の丈で選句するのではなく、作品にこころを寄せて観賞しなければならない。そうでなければ生きた人間の声が聴こえてこないではないか。飯田龍太の次の句をこころで読んで貰いたい。
春暁の竹筒にある筆二本 |
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| 芍薬(しゃくやく)や人口肛門より放屁(ほうひ) 大塚あつし
同時作に、
チューリップ椿石楠花(しゃくなげ)入院す
点滴に頼る生命や夏燕
があり、「芍薬」の句は、「虚」ではなく「実」の自画像であることが解る。例句としては、
芍薬の花に触れたるかたさかな 高浜虚子
芍薬やつくゑの上の紅楼夢 永井荷風
芍薬や棚に古りたる薬箱 水原秋櫻子
芍薬の逢瀬のごとき夜があり 森 澄雄
があるが、大塚あつしの句のような切実さがある訳ではない。俳句も一行詩も「今」の切実な思いを詠むことが肝要なのだ。正に「いのち」を選ぶ一行詩となって結実した。『河』の当月集作家である内田日出子の次の句と比べて読んで貰いたい。
四月馬鹿患者の放屁聞く夜かな 内田日出子 |