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| 2006年5月号「月刊ランティエ。」掲載分 ※下に批評を掲載しています。 |
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滝凍(いて)て詩歌この世に立ち上がる 田井三重子
今月号の『河』全作品の中から一句を選ぶとすれば、田井三重子のこの句を採る。「魂の一行詩」運動を展開するなかで、私の次の二句と並ぶだろう。
雁来紅(かまつか)や直立せよ一行詩 『角川家の戦後』
亀鳴くやのつぴきならぬ一行詩 『JAPAN』
「凍滝」とは、厳しい寒気に凍ってしまう滝のこと。例句としては、
凍滝のうす緑なる襞(ひだ)の数 高浜年尾
フランスの文学者アンドレ・マルローは熊野の那智の滝を見て、日本人の「垂直思想」を指摘したが、古代より、天上の神は垂直に地に降り来るものと、日本人は信じていた。神々の降臨する回廊を「真(しん)の御柱(みはしら)」、家長を大黒柱、死者を人柱というように、直立する存在を「柱」として表現してきた。長野県諏訪(すわ)大社の「御柱祭(おんばしらまつり)」は、樅(もみ)の巨木(御柱)を新しいものに取り替える行事として今も残っている「柱」の信仰である。つまり滝とは、直立する柱として、信仰の対象だったのだ。
なんとも食えない老詩人だ。
田井三重子の「凍滝」の句は、正に立句であり、「魂の一行詩」の代表句と言ってさしつかえない。 |
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七種(ななくさ)や人に会はざる午后(ごご)長し 辺見じゅん
同時作に、
空瓶(あきびん)のいろの夕暮れ冬すみれ
水甕の水に乾坤(けんこん)の淑気(しゅくき)満つ
古典の名句をあげると、
海くれて鴨の声ほのかに白し 芭蕉
笹折りて白魚のたえだえ青し 才麿
があり、いずれも秀句で今月の当月集作品群としては、辺見が一番だった。三句とも私が直接指導している「はいとり紙句会」の投句である。「七種」は一月の句会の兼題で、私の出句は、
昼過ぎの灯の淋しさに薺(なずな)打つ
だった。句会で辺見のこの句を眺めた時、彼女の実力に舌を巻いた。中七・下五の「人に会はざる午后長し」と裏側に「人恋しさ」と「淋しさ」を隠した表現力に、私は心底驚いた。七種の全ての例句を凌いでいる。 |
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ビー玉の中に春の日揺れてをり 松下千代
同自作に、
赤い靴置き去りにされ鳥雲に
人形のからだを包む春の闇
春林を通り抜けたる骨の音
どの句も、松下千代の独自の視点と感性が生み出した秀吟。とくに「ビー玉」の句は、昨年の『河』十一月号で私が激賞した、
秋高し積木の家の建ちにけり
以来の感覚的で繊細な一行詩。「春の日」の例句としては、
大いなる春日の翼垂(た)れてあり 鈴木花蓑
の代表句もあるが、千代のような繊細で微小な事物への感覚的な句としては
蟻共の尻みな光る春日かな 富田木歩
の、この句に匹敵する。近代的な詩的感性をもつという点で言えば、当月集作家の中でも、千代が一番かもしれない。しかも、色彩感覚が特に秀れている。 |
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虚子の忌の鰆(さわら)走りとなりにけり 秋山己之流
同自作に、
いづこより来たりて去りしもの春と
おぼろ夜の息してをりぬこちら側
おぼろ夜の一人のことば消へにけり
残雪やきこりの群れの駈け抜けり
春の鐘夢の中よりひびきこし
秋山己之流は詩歌の批評家としても、現代最も注目に値する作家である。俳句作品が俳句批評ほど面白くないと、私は長い間思ってきた。しかし、今月号の「鰆走り」六句は、彼の頂点といってもいい。一句一句を比較すれば、辺見じゅんの今月の句に及ばないが、六句全体の世界は辺見を凌いでいる。末期癌の闘病生活を余儀なくされている作者の痛ましいばかりの作品群は、どうしようもなく私の魂と共振れする。
「魂の一行詩」とは、作者の魂と読者の魂が共振れすることが最も重要なのだ。
詩(うた)とは、訴えることが語源となっている。私は今、秋山己之流という詩人の詩(うた)を、訴えを直視しなければならない。
一句目の「春」とは、まだ見ぬ春そのものであり、「いのち」を指している。二句目の「こちら側」は、息をしていない「あちら側」に越境してゆく。三句目の「一人のことば」は、己之流自身の言葉が消えようとしているということ。四句目の「きこりの群れ」は死の幻想風景。
父・源義が肝臓癌で死ぬ三ヶ月前の次の句と同様の世界である。
浮人形なに物の怪の憑(つ)くらむか
残雪を駈け抜けるきこりの群れなど、どこにも存在しない。己之流の幻影の中でしか「きこりの群れ」は存在しない。樵(きこり)は本来ひとりで働く存在だ。五句目の「春の鐘」は、弔いの鐘なのだ。六句目の「鰆(さわら)走り」など、どこにも存在しない。春を告げる鰆は、己之流の生地、岡山県の瀬戸内で多く漁獲される彼の好物なのだ。そして虚子の忌。芭蕉同様に己之流の心を占領した巨大な人物の忌日。虚子の日に走っているのは、鰆ではない。己之流本人だ。芭蕉の辞世となった次の句、
旅に病(やん)で夢は枯野をかけ廻(めぐ)る
旅に病んで、夢の中の枯野をかけ廻っているのは、芭蕉本人である。枯野が芭蕉の夢の中の景でしかないように、鰆の句は己之流の夢の景なのだ。この一句全体が幻の景であり、「放下(ほうか)の一行詩」なのだ。一句の解釈を拒否する抽象画の世界、それがこの句の答えである。秋山己之流は、父・源義の時代から俳句を始めたが、彼の答えはいつもはっきりしていた。
「ぼくの師は角川春樹です」
おぼろ夜の彼(か)の世の橋を渡るなよ 春樹 |
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枯山を出るまで呪文唱へゐし 田中風木
子供の頃、墓場の前を通る時、必死になって念仏を唱えた記憶がある。枯山にこの世のものでない何かが跋扈(ばっこ)している感覚は、人間の集団無意識の中にも存在する。その恐怖は、個々によって違った形をとるが、同時作の次の句が或いはその答えになっているかも知れない。
立春寒波鬼どもが窓叩きをる |
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みづかきの並びて歩く建国日 中まり子
私の処女詩集『角川家の戦後』(思潮社より五月に刊行予定)をめぐって、過日、詩人の辻井喬さんと対談した。引用すると、
辻井
一行詩の詩集という点でも、私の知る限りでは、これが初めて。俳句の世界では、正岡子規が規定した有季定型の形に収まらないものを詠よもうとする時、無季語で作ってみたり、自由律や口語で作ってみたりと、四苦八苦してきた。だけどもう、一行詩で決まりね。どこにも無理がない。俳句の本質が、よりくっきり出てくる。
角川
有季定型だろうと、自由律だろうと、すべて包括してしまうのが一行詩。私はもちろん、有季定型を否定しませんよ。五七五のリズムは日本語にぴったり合っているし、季語には「いのち」がある。ただ、現在の俳句は有季定型が形骸化してしまった。一行詩によって、今の状況を打開できるんじゃないかと思う。詩として考えても、一行で足りるなら、長詩を作る必要はない。(中略)
放蕩(ほうとう)やわれに蹼(みづかき)ある夕べ 春樹
辻井
「放蕩(ほうとう)」というと、ただたゆたっているようだけど、「蹼(みづかき)」があるんですね。放蕩なんだけども、自分で水をいて抗っている。そんな姿が浮かんできた。
奈良の薬師寺には、蹼のある童子仏があるという。かつて海洋の生命体であった人間に、蹼があったとしても不思議ではない。中まり子の「みづかきの並びて歩く」存在は、人間である。しかし、何故、「建国日」なのか? 何故、「建国日」でなければならないのか? 例句を参照すると、
いと長き神の御名(おんな)や紀元節 池上浩山人
箸という文化が不思議建国日 林 翔
着ぶくれて建国の日を肯(がえん)せず 轡田 進
日本人の意識は、次第に右傾化し始めている。その上、日本人は独自の行動が出来ず、横並びに企業も、社会も、個人も行動するパターンを持っている。中まり子の「建国日」の句は、轡田進の句に近い。しかし、轡田作品よりも文学性が高く更に「風刺」の効(き)いた、しかも「象徴性」の秀れた一行詩として鑑賞すべきなのだ。 |
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流氷やきつねの恋のはじまりぬ 梅津早苗
同時作に、
建国日ハムの切口乾きをり
第四十七回全国大会競詠入選作「ここに庵りし」は、総合で一位になった。その時の私の選評は、
二位に推した「ここに庵りし」は、全体に古典に身を寄せた作品群。目新しい作品もないが破綻も少ない。代表句としては、
秋日傘くるりとまはし柳橋
柳橋の地名に惹(ひ)かれての想像句。固有名詞の柳橋と季語の秋日傘が効(き)いている。物語性があって面白い作品。
二十数年前の映画で『キタキツネ物語』というドキュメントがあった。その時、北きつねが流氷に乗って北海道に来ることを知った。その事実を踏まえての軽い句柄だが、中七・下五の「きつねの恋のはじまりぬ」に童話的な面白さがあり、作者の少女期の思いが伝ってくる。 |
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流氷来帽子をふつて迎へたり 坂本敦子
「流氷」の句の面白さは、中七・下五の「帽子をふつて迎へたり」と大仰に表現したところにある。なにしろ、この私を含めて流氷見物に多くの人が本州からやって来る。見物人の中には、敦子の句のように帽子を振って迎える人もあろうというもの。例句としては、
流氷や宗谷の門波(となみ)荒れやまず 山口誓子
流氷の接岸校内放送す 奥坂まや
敦子作品は、奥坂まやの系列に属するが、彼女の作品よりも敦子の方が面白い。私の次の句は、全ての景を消して心だけを詠(よ)んだもの。
流氷を見て来(き)し夜のこころかな |
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いっぽんの枯木が絶叫してをりぬ 野村浜生
葉が落ちて幹や枝があらわになった状態を、人の身に例えて裸木とも表現する。獄中句集『檻』に収録された私の作品がいい例だ。
裸木のいつぽん道となりにけり
千葉南署の留置所にいた私は、検察官の取り調べで、他の囚徒と共に犬のように手錠でつながれ、千葉の検察庁へ護送車で運ばれた。その時の光景がこの句だ。地位も名誉も金銭も失った私は、裸木そのものだった。裸木は、私自身の擬人化だった。その時、浜生作品と同様に一本の枯木が絶叫していた。ムンクの「叫び」のような浜生作品は、故に読者である私の魂に、刺すような痛みを伴って響く。「魂の一行詩」として共振(ともぶ)れする佳吟。 |
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飽食(ほうしょく)の世に狼の生きられず 鎌田 俊
同時作に、
口中の卵が冥(くら)し建国日
銀座のバー「しゃんく」で行なわれた第一回「しゃん句会」で、私が特選に採った作品。兼題は「狼」で冬の季語。この句は、私の句集『JAPAN』の影響を受けている。
日本は飽食の世ぞ蜃気楼 春樹
二十数年前、私が製作した映画『白昼の死角』の宣伝コピーは、私自身が書いた。曰(いわ)く「狼は生きろ豚は死ね!」。この痛烈なフレーズは、今も私の埋火(うずみび)となって胸中に居座っている。何の理想もなく、志もなく『河』を退会し新結社を創るという俗物の豚一派に対しても、このフレーズは的確だ。俊の作品の狼も、私も、蜃気楼のような飽食の世に生きられないし、生きたくもない。映画『男たちの大和』に続く私の作品は、モンゴルの大地を駆ける『蒼き狼』だ。蒼き狼は、私自身である。私が「しゃん句会」に出した狼の句は、次の通りである。
走る走る狼走る荒地かな
狼の夜となる贅肉(ぜいにく)なき詩人
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蟷螂(とうろう)の恍惚(こうこつ)として枯れゆけり 西澤ひろこ
東京中央支部の『河』の例会で、私が特選に採った作品。同時作に、
男には騙(だま)されやすき雪女郎
があるが、雪女郎はひろこ本人ではない。騙されるどころか、騙し返す逞(たくま)しさの持ち主。「枯蟷螂(かれとうろう)」とは、周囲の枯れと共に、体が緑色から保護色の枯葉色になったかまきりのこと。冬の季語。例句としては、
蟷螂の全身枯らす沖の紺 野見山朱鳥
蟷螂の枯れゆく脚をねぶりをり 角川源義
恍惚とは、老人などの衰弱した精神状態をいう。かつて有吉佐和子の小説『恍惚の人』がベストセラーとなり、流行語となったが、ひろこの作品の魅力は「かまきり」が恍惚となって枯れていくという、類想観のない表現力にある。著しい進境を見せた佳吟。しかし、ひろこは恍惚として枯れるどころか、若手の鎌田俊などを従えて、雌雄(しゆう)交尾中、また交尾後に雄を食ってしまう雌(めす)かまきり。やっぱり自画像か? |
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わが生の二ン月(がつ)の襟(えり)正しけり 本多公世
作者は女性だが、まるで男性の作品のようなきりっとして端正な立句。季語の「二ン月」の空気が凛々として伝ってくる。お見事! |
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鰤起(ぶりおこ)し吸ひもの椀に花麩(はなふ)かな 広瀬恵美子
この句も、「はいとり紙句会」で特選に採った作品。兼題が「鰤起し」だった。「鰤起し」とは、冬の鰤漁の最盛期のころに鳴る雷のこと。漁師言葉であるが、現在では季語として定着している。私の郷里の富山も、恵美子の郷里の石川でも、鰤漁が盛んで、この言葉は子供のころから馴染んでいる季語。私の当日句は、
鰤起し記憶が液化(えきか)してをりぬ
鰤起し祖霊棲みつく家を捨つ
恵美子の作品は、外には冬の雷が鳴り、家の内では吸いもの椀に明るい花麩が浮かぶ光景。暗を明に転換させた「もどき」の句だが、勿論、「虚」の作品。虚を実に転換させる手腕は見事。「虚」が「実」を超える大きさを、私はことに触れて説いてきたが、その代表的な魂の一行詩。恵美子が久々に見せた目の覚めるような一句。まるで日本映画の一シーンにあるような作品。 |
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湯豆腐や気付いて欲しき嘘ありぬ 西川輝美
同時作の、
人であること忘じたき涅槃(ねはん)かな
も良い。この句のような経験は、誰にでもあるが、しかしながら輝美のような作品に誰もがしてこなかった。「湯豆腐」の季語も効果をあげている。輝美の感性がもたらした佳吟。 |
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割り算の余りにも似て春寒し 菅城昌三
同時作に、
コート脱ぎ午前一時に鳴る電話
風船の膨(ふく)らみすぎて行き場なし
があるが、いずれも良い。特に「春寒」の感覚を「割り算の余りにも似て」という詩的な表現は、作者を良く知る者として驚嘆に値する。正しく魂の一行詩として成功した。 |
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√2(ルート2)を開いて遊ぶ春隣 春木太郎
同時作の、
団塊の世代そろそろ冬景色
建国日女性の強きお国柄
にも笑えるが、一行詩に数学の√2を持ってきた大胆さを一層評価したい。四年前にベスト・セラーとなった小川洋子著の『博士の愛した数式』は、最近映画にもなった。
彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。
「おお、なかなかこれは、賢い心が詰まっていそうだ」髪がくしゃくしゃになるのも構わず頭を撫で回しながら、博士は言った。友だちにからかわれるのを嫌がり、いつも帽子を被っていた息子は、警戒して首をすくめた。
「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」
彼は埃の積もった仕事机の隅に、人差し指でその形を書いた。
√
私と息子が博士から教わった数えきれない事柄の中で、ルートの意味は、重要な地位を占める。
(小川洋子『博士の愛した数式』より)
世の中が√2で割り切れるほど単純でないことは、充分、承知しているが故に、中七の「開いて遊ぶ」が置かれている。『河』一月号に作者の人生観に触れた句が並んでいる。
夕焼けの雲のきれいな老後かな
雪虫のまとはりつくもご縁かな
春木太郎は俳句という器に遊んでいるのだ。過日、札幌支部に指導に行った佐川広治が、私が彼を同人に推していることを伝えると、「位置が上がったり、下がったりが面白いので、あと二、三年、会員の欄で遊ばさせて下さい」と答えた。春木太郎の作品について書いていたら、√2に触発されて不意に次の句が浮かんだ。
√2の髪に弥生の雨が降る 春樹 |
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めつむりてより凍鶴(いてづる)となりにけり 大倉るな
同時作の、
新雪のなかにたましひ忘れ来る
も悪くないが、「凍鶴」の句の方が、断然良い。「凍鶴」とは、鶴が片脚で立ち、長い首を翼の間にさし込んで身じろぎもしないでいる姿をいう。まるで鶴が氷っているように見えるので、凍鶴という。冬の季語。
るな作品の鶴は目をつぶったことによって氷ってしまったと解釈できるが、それよりも、凍鶴は作者本人の擬人化と考えた方が良い。作者の大倉るなが低い冬空の押(の)し掛かかる寒さの中で、目をつぶった時、まるで自分自身が凍鶴のようになってしまった、という意。更に、想像を広げれば、鶴の群生を見ている内に、自分が鶴になってしまった、ということ。こちらの方が、解釈として面白い。それにしても、また『河』の中に、新星が登場してきたものだ。 |
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すぐそこにショパンの雨と春がゐる 市川悦子
同時作に、
枯れ草の中より生れし色があり
いずれの句も、東京中央支部に投句された作だが、「ショパンの雨」を特選に、「枯れ草」の句を秀逸に採ったが、その評価は今も変らない。上五に勢いがあり、中七の「ショパンの雨」が面白く、下五の「春がゐる」と春を擬人化したことで、この句は成功を収めた。この句を眺めれば、眺めるほど、新鮮で、すっきりした立ち姿をしている。同様のことが大倉るなの「凍鶴」の句にも言える。 |
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きさらぎやマーマレードを煮てをりぬ 竹本 悠
この句、久し振りに出席した東京例会で特選に採った。『河』三月号の次の作品に続いての登場。
青年のしづかに立ちて弓始め
句としては「弓始め」の方が良いが、「如月(きさらぎ)」という、陰暦二月の異称を使いながら、「マーマレードを煮てをりぬ」という中七・下五が実に新鮮。「しゃん句会」の兼題の一つに「きさらぎ」があり、父・源義(げんよし)をイメージした次の句を、何人かの選者が特選に採った。
きさらぎの源義(げんぎ)が渡る赤い橋
きさらぎの凛冽(りんれつ)な空気を「赤」と表現したのだ。竹本悠の登場で、『河』の新人賞争いは、増々面白くなってきた。 |
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パンジーを咲かせ熟女は不在がち 小田恵子
この句のユーモアも面白い。おかげでとんでもないことを思い出してしまった。
二十年前に閉店した「眉」という文壇バーが銀座にあった。そこにAという美人がいた。Aがホステスとなる前は、作家の山口瞳の恋人であった。Aと別れたあと、山口瞳は『人殺し』というモデル小説を書いて話題になった。文中の一節に、
「彼女の不幸は名器であることだった」
正確な文章は覚えていないが、そんな意味のことが書かれてあり、不良少年であった私が、俄然、色めき立ったのは当然の話。『人殺し』を読む以前から、私はAから盛んに口説かれていた。銀座で飲んでいて、若くて、社長の息子である私がモテるのは、これまた当然の話。ある晩、Aから耳もとで、
「春樹さん、ウチに来ない? 今、パンジーがとっても奇麗に咲いてるの……」
名器という話に、私は直ぐに乗った。
タクシーでAのマンションに行き着くと、部屋に入るや否や、Aはスカートを脱いで、私を押し倒した。Aが私に見せたかったのはパンジーではなく、パンティーだった。確かにパンティには花が咲いていた。しかし、それはパンジーではなくデージーがプリントされていた。
デージーや優しい言葉は俺じゃない 春樹 |