なつき作品はホステスのある日、ある時の哀歓を詠って見事。ホステスの語彙(ごい)が実に生きているではないか。ホステスを詠った秀句に私は今まで出会ったことがない。ホステスという語彙が俳句に馴染(なじ)まないのは当然だ。私の一行詩『JAPAN』の中にも、俳句に馴染まない語彙が登場する パンパンが蚤(のみ)を殺してゐたりけり 泣き虫のチンピラ五月の路地に死す
大森理恵の句意は単純で、ガラス・ケースの熱帯魚が天皇の日も一途(いちず)に泳いでいる、という光景。これが何故「魂の一行詩」なのかと言えば、季語の「天皇の日」にある。
パンパンもチンピラも俳句にこれまで登場したことがない。自分の半径五〇センチしか詠まない盆栽俳句は詩ではない。有名無実の伝統俳句協会と共に滅んで行けばいい。なつきの一行詩は季語の「桃ひとつ買ふ」が効(き)き、下語の「昼さがり」が実にうまい。このホステスが独り暮しで、午後に起きだし、桃ひとつだけ買って帰るという日常が鮮やかに画かれている。正に魂の一行詩として私の胸を撃った作品。
都会生活者のペーソスが漂う秀句である。滝口美智子は私の期待する一行詩の実力者である。この句「茗荷汁」の季語が効いている。茗荷汁の秀句には、 茗荷汁にうつりて淋し己が顔 村上鬼城 鬼城の例句はまことに淋しい境涯句だが、それ以上ではない。ところが、美智子作品は歳月が音を立てて降り積っていくさまが、「めんめん」という語彙を使用して時間意識を見事に成熟させている。「めんめん」は作者の自嘲(じちょう)とも取れるが、それだけではない。この一行詩には透徹したユーモアがあることを読者は見逃してはならない。明らかに鬼城作品を超える魂の一行詩である。美智子の他の作品では、 シスターの淡き口ひげ五月来る この句には健康な笑いがあり、 牛蛙鳴くたび暗がりが光る は、見事な一行詩である。俳句には従来より「物」に託する「物説」、事柄に託す「事説」があり、それに対して森澄雄氏は「心」を詠む「心説」に着目した。美智子の茗荷汁の句は、いわば「心説」を詠んだ作品。私は「事説」にも「物説」にも興味がない。そんなことに拘るからこそ俳句は老衰するのだ。
『河』10月号の『半獣神』欄で最も感銘を受けた作品。
日本文化の根底にある「いのち」と「たましひ」を詠った秀句。毎年六月三〇日に神社で行われる名越(なごし)の祓(はらえ)に禊(みそぎ)川に自分の分身としての人形の紙に姓名、年齢を書き、罪穢(つみけがれ)を祓う行事。今年もまた茅の輪を潜り、無病息災を願って川に形代を流したという行為だが、ただそれだけの事でありながら、単なる事柄俳句ではなく、作者の万感の思いがずしんと私の胸に響いてくる。わずか五音七音五音の言葉が、日本人の古代からの習俗を通して、現代の私たちにがる哀歓が伝ってくる、正に見事な一行詩ではないか。時間という認識は過去にはなく、未来にもなく、「今の今」しかないのだ。今を生きて、作者は自分の魂の分身を川に流している。魂の一行詩としての代表的な作品。次の、 君子蘭咲くやあてなき化粧して も、なかなか含蓄(がんちく)があっていい。
過日、大阪の書店で一行詩『JAPAN』のサイン会が行われたが、その時、サイン会に来てくれた輝美を見て、随分綺麗になったと驚いたことがあった。一瞬にして、彼女が恋をしてるに相違ないと直感したが、今月号のこの句を読んで、やはりと納得した次第。そういえば彼女のこんな句があった。 はまぐりや誰かを想ひ焼く夕べ 柿若葉午後のカフェーで書く手紙 黒南風(くろはえ)や神にゆだねしこと多き
この句は正に初々しい恋の句。「冷奴」の季語がいじらしい句に仕立てている。例えば、「ソーダ水」とか「蜜豆」では、句が甘くなるし、「ところてん」では台無しになてしまう。尤も不良の私なら「湯豆腐や」にするが、これだと「寄り添ふことを怖れつつ」とは誰も信じないだろう。
同時作に、 蚕豆の反り身戦後の長くあり
後者の句もなかなかの作品だが、「魂の一行詩」の視点に立てば、優劣は明快である。「銀河にも吹雪く海峡がある」というイマージュは正に独特のもの。戦後の長さを何か物によって表現しようというのは、いわば「物説」の俳句。しかし、読者の魂を打ち震わせる一行詩は前者が際立っている。素晴らしいのひと言につきる。魂の一行詩として代表句である。
つぎの世の記憶の覚めし昼寝かな 角川春樹 はるかまで旅してゐたり昼寝覚 森 澄雄
魂の一行詩という観点からは、私の句は風木作品に及ばない。俳句的観点に立てば森澄雄氏の句の方が風木作品より秀れている。つまり俳句としての視点か、魂の一行詩としての視点かによって選句が変ってくる。「死の街を通り過ぎる」というイマージュは前例がない。「死の街」は霊界ではない。死者の街だ。例えば六〇年前の広島、東京、大阪。とりわけ原爆投下後の広島、長崎が思い浮かぶが、聖書の中の「死者の街」あるいは預言として描かれた「死の街」の方が風木作品を捕えやすい。現実の死者の街より、異次元の死の街の方が一行詩として成立する。異界の死の街を通り過ぎた作者はそこで昼寝から覚める。どこか宮沢賢治の世界に共通する秀れた一行詩である。
この作者にこんな作品がある。 回転グリルクリームあんみつおいしいかい
口語体が実に新鮮。口語俳句を取り入れることも、積極的に考えていきたい。
「クリームあんみつ」の句を読んだのは、静岡刑務所の中である。読んだあと私は実に楽しくなり、私の心は存分に慰められた。私の魂を揺り動かす作品だった。即ち、「クリームあんみつ」の一句は、魂の一行詩であったからこそ、私を感動させたのである。
今回の小林力夫作品は、子供が夏休みの時期に、引出しに猫を隠して過したという意。あるいは子供ではなく、作者自身が隠したと考えた方がずっと面白い。夏休みの季語がみずみずしい。「クリームあんみつおいしいかい」という作者だから、やはりここは引出しに猫を隠したのは小林力夫だと言っておこう。萩原朔太郎の詩の世界に通底するブラック・ユーモア。私はかつてこんな句を作ったことがある。 猫町にゼンマイ仕掛けの鳴くよ 『流され王』
誰からも褒めてもらへず蝌蚪(かと)に足 熊ん蜂に道をゆづつて貰ひけり
このような大らかなユーモアは暖慕の独壇場(どくだんじょう)だ。一種、作者と生地を同じくする良寛にがる暖かさが素晴らしい。「河」に春川暖慕という作家がいることは、主宰者の私にとって誇りである。「へちま」の句は、現代俳句が喪失した滑稽(こっけい)と「もどき」を兼ねそなえた一行詩である。
例えば、 淋しさや華(はな)のあたりのあすなろう 芭蕉 春雨や喰はれ残りの鴨が鳴く 一茶
短歌が「晴れ」の文芸であるならば、俳句は「褻(け)」の文芸である。「明」を「暗」に、あるいは「暗」を「明」に転換させるのが「もどき」であると主張したのは父・源義だ。現代俳句は「笑い」や「もどき」を近代意識の中で捨ててきた。それなら「魂の一行詩」が「笑い」や「もどき」を拾えばいい。
かつて作者は、自分の人生は死ぬまでの退屈しのぎだと私に言い放ったことがある。「生涯不良」の私は、この地球という星に遊びに来ただけだ。人生ゲームを楽しむために生まれ、人生を楽しむために一行詩そのものに私はなろうとしている。さて、この「パイナップル」の句だ。パイナップルと言うと、私は戦後の風景が蘇(よみがえ)ってくる。
パイナップル喰むや占領下の日本 パイン食べたやすく変はる知識人 『JAPAN』
こう言う詩を読むのも、鑑賞するのも実に楽しい。『河』が結社誌としてバラエティに富んでいるのは、輝美のような『河』新人賞をとった実力者が目白押しにいることだ。
冷奴寄り添ふことを怖れつつ パイナップルの季語を据えて黒髪ばかり褒められるというのは、皮肉を効(き)かせて技あり。
女性にとって褒められることは、生きる活力源だが、自分の容貌でもなく、ファッション・センスでもなく、一行詩でもなく、黒髪ばかりだという嘆きが可笑(おか)しい。正に「笑い」の一行詩。お気の毒さま。
生身魂は、生きている目上の者に対して礼を尽す行事であるが、すでに作者自身がその年齢に達してしまっていることを自嘲(じちょう)して一句に仕立てあげた。「茄子焼いて」の上五が良く効いている。私の獄中俳句『海鼠の日』の一句、 寝正月わが輩は海鼠である も自嘲の句である。次の芥川の句もその代表句。
寝正月わが輩は海鼠である 自分を客観視することが、一行詩の要となることを示した作品である。
『河』11月号『半獣神』の中で最も感銘を受けた作品。私の最新作 一行の詩(うた)にいのちや吾亦紅(われもこう) を踏まえての作と思われる。詩人の辻井喬さんが私のことを、 「彼は詩そのものである」 と、「俳句界」の座談会で発言しているが、私は自分の人生を詩そのものとして生きようとしている。即ち、生きること自体が一行の詩であろうとしている。私の直接指導している「はいとり紙」のメンバーである悠貴は、私の数少ない愛弟子の一人である。右の句は正に「いのちの賛歌」である。魂の一行詩とは、日本文化の根底にある「いのち」と「たましひ」を詠う現代の抒情詩であると定義づけたが、その代表句と言っていいだろう。「天高し」の季語が、実によく効いている。最近の悠貴は著しく詩境を高めている。次の句がそれを示している。 噴水の色に疲れの見えにけり
白城作品は、悠貴の「天高し」と同様「いのちの賛歌」である。高浜虚子が言った「俳句極楽」そのものだ。あらゆる生命は生きる喜びだけを持っているが、近代意識の中で人間だけが苦悩を背負ってしまった。だが、作者は生きる喜びだけで生きているように思われる。作者は八十二歳。ひととおりの人生を生き抜いてきた作者の独白である。この作品にも私は感銘を受けた。
私が一行詩の条件としてあげている映像の鮮やかな作品。「新涼」という季語がもたらす爽やかさが中七下五に続く。窯出しのフランスパンの匂いや胸に抱いた時の温かさまでが読み手に伝ってくる。このような一行詩を私は毎月読みたい。
古来、日本の武士道はなによりも恥を恐れてきた。恥辱を雪ぐことにおのれの生命を賭けてきた。しかしながら八月一五日の敗戦後、日本人は廉恥(れんち)という美徳を捨ててきた。日本人が失ったものの一番大きなものの一つだ。川崎陽子は、それを踏まえて、ユーモラスに「人に恥骨のありにけり」と風刺しているのだ。現代では、風刺は「川柳」だけのものだが、もともと俳諧にあった要素だ。並々ならぬ知性を背景にした談林俳諧には、世相風刺があったが、俗に堕ち入ることを嫌った芭蕉によって、姿を消していっただけだ。「風刺」もまた、「魂の一行詩」の中に引き寄せなければならない養分だと考える。ただし、一行詩として陽子作品のように「もどき」が必要。今までの俳句は綺麗事すぎる。もっと生の人間が現れてもいいのではないかと考える。しかし、一句に品性がなければならない。
本年度の河新人賞の受賞作家の作品。昨年角川春樹賞の応募作の次の一句に目を見張った。
ふらここや誰もたましひ買ひに来ず 選者の一人は、観念的だと言ったが、とんでもない。この作者の詩性を表す代表句なのだ。そのことは次の作品にも言える。 反骨や日焼けぬからだとして生まれ
寺山修司以来の瑞みず々みずしい感性が光っている。「ごきぶり」の一句は、この感性が導き出した彼以外の誰にもなし得ない作品。「体のなかを走」ったのであって、「体の上を走」ったわけではない。彼の「いのち」のなかを「ごきぶり」が走り抜けたのだ。現代人の持つ危機感、不安感が見えない「影」として体のなかを走っていると感じる感覚が手柄となっている。
鎌田俊と同様の本年度河新人賞の受賞作家の作品。人間以外の生き物は、生きる喜びだけを持っていて現代人のような苦悩も挫折もない。私にも大きな挫折は二度ほどあった。当然、この句の作者砂原佳子も挫折を味わったことがあるはずだ。確かに大向日葵を眺めていると、人の挫折など知らん顔しているような猛々しさがある。人間の苦悩を癒す存在として「仏」という観念が生まれ、それが実体化した。私の初期の代表句に、 向日葵や信長の首斬り落とす があるが、ふてぶてしく咲き誇る向日葵を見ていると思わず斬り倒したくなってくる。
水中の桃が浮きあがって来て、思わず軽い目眩をおぼえた、と句意はただそれだけだが、この新鮮さはどうだ。そしてこの不思議な感性はどこから来るのだろう。まるで自分が生んだばかりの幼女が水の中から顔を出したような錯覚をおぼえる。実にシュールな作品。現代人が持つ正体不明の不安が一篇の詩をもたらした。避けて通ることのできない不思議な魅力をもった作品。「魂の一行詩」は、このようにさりげない日常の中からも生まれてくる。私の作品になるが余分な言葉を排したさりげない、そして気に入った句が最近生まれた。 秋風や時計は二時で止りをり 句会では全く評価されなかった一行詩だが、じっくり味わって欲しい。もう一つ突然降りて来た無季の一行詩だが、これもよく眺めてもらいたい。獄中を回想しての句。 にんげんの生くる限りは流さるる
八朔は現代では九月初旬に当り、農耕作業も終って実りを期待する時期である。鍬と鎌がさらに農作業であることを示している。この句、『河』作品の中で、最も感銘を受けた。八朔の水に浸した鍬と鎌には、農作業を営む者にとって限りない感謝が込められている。澄んだ秋の水にその鍬と鎌は清冽な光を放っている。情景が鮮やかで余韻も申し分がない名吟。この作品は俳句物説として語るべきではなく、森澄雄さんの言うところの「心説」として鑑賞しなければならない。作者の体重をかけた作品。
『河』八月号で次の句を採りあげて激賞した。
図書館に鯰の笑ふ梅雨湿り
ふさ子は「梅雨鯰」の句で一行詩が見えてきたのではないか。「黒き傘」が「八月」という季題を得て生き物のように禍々(まがまが)しくなった。八月といえば、広島、長崎の原爆を喚起し、原爆投下後に降った「黒い雨」を連想する。八月の黒き傘はその黒い雨を想起させる力を持っている。さらにその傘が「骨折れしまま」といったところに、六〇年前の矢折れ弾つきた日本の姿がダブル・イメージされてくる。これは単なる深読みではない。魂の一行詩としての作品が発する妖気なのだ。
この句、東京中央支部の句会で回ってきたときは一驚(いっきょう)した。私など五度結婚し、五度離婚し、刑務所の中で「生涯不良」を誓った身にすれば、どうしたらこのような句が詠めるのか理解不能だからだ。「魂の一行詩」に恋歌は欠かすことができない。先にも述べたが現代俳句は「発句」の時代の笑いやもどきを近代意識の中で捨ててきた。あるいは、恋歌。発句がもっていたゆたかな世界を切り捨ててきた。
いなづまやどの傾城(けいせい)とかり枕 去来
分類でいうと「恋歌」なのだ。
恋に恋する乙女たちが、宝塚みたいにやっている今の「恋の俳句」は「恋歌」とは言わない。